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浜茶屋 海が好き

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No.3396 (00/02/25 23:46:06)
name:げげげ
email:haraoka.seiji@nifty.com
URL:

管理人さん、レスありがとうございます(^^)
『うる星やつら15』は、古本屋を周ったのですが、結局見つかりませんでした(TT)
でも、過去ログや他の人の意見を聞いて以下のようにぼくの解釈をまとめました。
全体的に謎ばかりなので、セクション事にあらすじを書きながらぼくの解釈を書き
ます。

(1)地下で蠢くネズミ達。そのネズミによって電線が切断され、ごみ捨て場のテ
  レビモニターにはラムの顔が映し出される。
(ぼくの解釈)
   大地に電気が流れた事で『友引町』という町が覚醒した。
   そして、ごみ捨て場のテレビモニターにラムの姿が写るのは、『友引町』の
  思想が電気信号となってテレビモニターを通じて映像化したものであり、ラム
  が『友引町』の標的だという事を示すと思われます(理由は、幾度となく町に
  混乱を招いているからかな…)。

(2)そんな折り、あたる達は面倒家に伝わる鬼姫伝説をモチーフにした自主製作
  映画に取り組んでいた。
   そして、撮影が進むにつれ、主役のラムの超能力がしだいに無くなっていき、
  さらに人々の記憶からラムへの思いがうすらぎ、思い出の写真からもラムの姿
  が消えた。
   どうも、撮影のため面堂家の守り神とも言われる名木(太郎桜)が切り倒さ
  れてからだ。
(ぼくの解釈)
   太郎桜が切り倒された事で、『友引町』の力が解放される。
   そして、ラムが町に混乱を招かないようにするために超能力を奪い、さらに
  人々からラムの記録や記憶までも奪う。
   なぜならば、今のままラムが町にいれば、人々は延々とドタバタをくり返す
  だけ。町は未来には進まない。
   町を新たな道に進めるためには、全ての人々からラムの存在を消し去るべき
  だと『友引町』は判断したのでしょう。

(3)時を同じくして、友引町に異変が起こり、4月というのにトンボがや蝉が現れ
  さらに雪まで降り始める。
   異変に気づいたあたる達は面堂の祖父の話を聞き、太郎桜を探索する。
   そして、太郎桜の根には鬼姫の遺体が絡みついていた。
   ラムの危険を察知したあたるは、急ぎ自宅へと向かうが、時すでに遅く"幼い
   あたる達"に導かれラムは消息を立つ。
   そして、ラムは鬼姫の代わりに太郎桜の人身御供となる。
   また、面堂やしのぶの夢が次々に実体化して現れるといった現象が起る。

(ぼくの解釈)
   う〜ん、この辺がよくわからないです(^^;
   四季の異変や夢が実体化するのは、『友引町』が、時間、空間はては夢さえも
  隔たりをなくし、新しい未来を模索していると解釈しましたのですが、ラムと鬼
  姫の関係や太郎桜の人身御供になる理由がわからないです。

(4)面堂は一つの結論に至った。
   今までの異変は町が意識を持ち始めたためであり、人々の記憶からラムの存
   在が消えているのは、『友引町』が異分子を排除しようとしているからだと。
   そこで、面堂は飛麿と戦争を始めたのであった。
(ぼくの解釈)
    戦争を始めたのは、人々を苦しみの極限状態にして、全ての人々が「元の友
   引町に戻りたい、ラムに会いたい」という強い願いを持つようになれば、『友
   引町』にもその意志が伝わり、元の友引町に戻るかもしれないと考えたのでし
   ょう。

(5)そんな中、ラムを失ったあたるは、何をするべきか考えていた。
   面堂はあたるに尋ねた「何故戦争に参加しない?」。
   あたるは答えた。「俺は、走る!!」
   そして、走り出した。
(ぼくの解釈)
    あたるも面堂と同様の結論に至っているが、あたるが戦争をしたところでラ
   ムに対する強い思いが『友引町』に伝わるとは思えなかったのでしょう。
    そして、ラムに対する強い思いが伝わる一番良い表現方法は、初めてラムと
   出会った時。
    そう、鬼ごっごをする事だと。
    それ故にラムを思い、ラムを探していつまでも走り続けたっと解釈しました。

(6)ラムは一本の巨大な樹の前に導かれた。樹の上には巨大な胎児がおり「ぼくは
  まだ、この町の記憶にすぎない」と言う。
  その頃、戦争は終わり、皆が友引町に帰りたいという思いだけを抱いた。
  胎児は続けて言う。「大丈夫、思い出だけで生きていける、地上は君たちのもの
  だ」
(ぼくの解釈)
   樹の上の巨大な胎児は、覚醒した『友引町』の姿と思われます。
   胎児の言う「町の記憶にすぎない」や「思い出だけで生きていける、地上は
  君たちのものだ」と言うセリフは、まだ『友引町』は過去の記憶があるだけで
  自分の意志を持たない存在であると。
   そして、人々の意志やあたるのラムに対する思いが伝わり、胎児(友引町)
  は結論に達した。
   それは、町の人々に自分が干渉するべきではないと、未来の模索は地上の人
  々にまかされば良い、後はその人々の記憶だけで十分であると。

(7)町は戻った。
   あたる達はラムの姿を見つけ、またドタバタを繰り返す。
   そして、テレビモニターが瞬きとともに消えた。
(ぼくの解釈)
   あたる達はこれからも同様のドタバタ劇を続けるだろう。
   でも、同じように見えて実は未来に向かって進んでいる。
   それに気づいて『友引町』は、テレビモニターとともに眠りについた。

ぼくはこのように解釈したのですが、どうでしょう?
もし、「いや、監督はこの様に言っている」とか「ぼくはこう思う」とかあれば、
みなさん教えてください。
他の人のホームページで長文、駄文。失礼しました(^^;


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